元近畿大学医学部長 伊木雅之先生
Q1.先生が医師になられたきっかけについて教えていただけますか。
小学二年生の時、野口英世の伝記を読んだことをきっかけに医師という職業の素晴らしさに感動し、医師を目指しました。中学校に入学するまでは医師になりたいと思っていたのですが、中学生の時、電子工学の分野に進みたいと考えるようになりました。当時は江崎玲於奈先生がノーベル物理学賞を受賞したダイオードの研究にとても関心があり、趣味として、ラジオの組み立てに熱中していました。
その後、大阪府立茨木高校に進学、自由な校風で、入学当初はあまり勉強していませんでした。進路を決めるとき、自分にも電子工学の分野で独創的な研究ができるのだろうかという不安に襲われ、自問自答の結果、自分には経験や事実を積み重ねていく作業のほうが向いているに違いないという結論に至り、小学生の頃に志していた医師を目指すことにしました。父はエンジニアをしていたので、工学部から医学部へと進路を変更すると打ち明けた時は反対されましたが、話を聞いてもらい、納得してもらいました。大学は高校の先生と相談し、奈良県立医科大学を志望校に選びました。
受験勉強を始めたのは高校三年生の夏休みからでした。英語と数学は予備校の夏期講習に通って基礎を固めました。受験勉強を始めてから、得意だと思っていた物理の入試問題が全く解けないことにショックを受けましたが、たしか、東大教授だった竹内均先生の「物理の傾向と対策」を読み込むことで克服することができました。それまで勉強していなかった分、受験期はとてもたくさん勉強したことを今でも覚えています。
勉強の成果が出て、志望校だった奈良県立医科大学に現役で合格することができました。合格してすぐの私は、憧れだった野口英世のように僻地の医師になろうと考え、大学入学後すぐに奈良県の吉野地方へと僻地を見に出かけました。しかし、実際に吉野に行って集落や過疎の現状を知ると、大阪生まれで大阪育ちの私では力になれないのではないかという無力感が生まれました。そんな時、夏休みに友達に誘われてキノホルムという薬の副作用で起こった病気、スモンの薬害訴訟を支援する学生の会に参加したことが人生の転機となりました。
私は、薬の副作用に苦しむ多くの患者さんを見て、勉強への決意を新たにすると同時に、薬害を生む原因が医療や薬事の制度の中にあるとすれば、いくら勉強しても薬害を防ぐことは難しいことに思い至りました。私は臨床医として活動することに不安と限界を感じ、社会の努力で病気を予防し、健康を増進する公衆衛生学を研究する道を選びました。
奈良県立医科大学では、振動障害などについて、月に一回吉野地方の患者さんを診察しながら研究しました。その後、福井県立医科大学に勤務し、今は近畿大学医学部で、生活習慣病予防、中でも骨粗鬆症とそれに伴う骨折予防のための研究と教育活動を行っています。
Q2.近畿大学の良さ、特徴について教えてください。
医学部には、教育・研究・診療の三本の柱がありますが、近畿大学は他大学の医学部と比べて特に教育に重点を置いており、時間をしっかりと使って学生への指導を行っています。学生は実家が病院を開業している方や医師の家系出身の人が多く、我々もしっかりとした後継者を育てなければという思いで教育しています。しかし、学生の勉強へのモチベーションは様々です。高校時代の成績がよかったからとか、資格のとれる職業としての側面のみを魅力に感じて医学部に入学してくる学生も増えています。医学部は他の学部よりも覚えることがはるかに多く、真面目に勉強しない学生や医師になりたいという強い思いを持っていない学生は二年生から始まる本格的な医学の勉強についていけません。また、実家が病院であっても、医療の現場を知らない学生も多くいます。近畿大学では、一年生の夏休みから実習を行い、医療行為はできないながらも医療の行われている最前線の空気に直に触れることで、医学部の学生としての自覚を持たせる活動を行っています。
また、他大学の学生と比べて、近畿大学の学生は個性豊かで、いろいろな学生がいるという印象を持っています。実際に指導していても違いを感じることが多く、授業で使う教材も基礎・発展・参考と内容ごとにレベル分けしたものを用意して丁寧に指導しています。但し、丁寧に指導し過ぎてしまうことで学生が受け身になってしまうことを防ぐための工夫も必要だと感じています。
Q3.近畿大学医学部における教育の特色について教えていただけますでしょうか。
近畿大学医学部で学ぶメリットはいくつかあります。一つは、薬学部との連携講義です。普段は関わりのない二つの学部の学生が同じ教室で講義を受けることでお互いの仕事への理解を深めることができます。将来同じ職場で働く際にスムーズに協力関係を築くことができると思います。二つ目は附属病院や連携する病院での臨床実習です。特に和歌山県串本町のくしもと町立病院に協力していただいて実施している実習では、四日間地域医療の現場を直接学ぶことができます。大学病院とは異なる町立病院の診察やデイサービス、病棟を回っての診療などを経験することで、地域ならではの医療や介護に触れることができます。この貴重な体験を通して、学生たちの変化を促すことができています。そのほかにも2013年に新設された救急災害棟での実習やがん治療の実習などを通じて、最前線で活躍できる医師を養成したいと考えています。しかし、医師として活躍するためには、医師国家試験に合格しなければなりません。以前の近畿大学はあまり国家試験対策に力を入れてきませんでしたが、私が医学部長になってからは、かなり力を入れました。5、6年次に国家試験対策講義やビデオ講習を入れ、試験方法や時期も見直しました。苦戦している学生のために合宿も行っています。今では最も充実した対策を行っていると考えています。その結果、2016年の第110回医師国家試験では新規卒業生は全員合格することができました。これからもしっかり対策し、好成績を続けていきたいと思います。
Q4.医学部を目指す受験生へメッセージをお願いいたします。
何よりもしっかりとした学力を持った学生であることが重要です。医学部は他の学部よりもはるかに覚えなければならないことが多く、中途半端な学力では入学した後、ついていけなくなってしまいます。受験勉強をしっかり行って、学力をつけてください。
また、医師になりたい、自分は医師に向いている、という人に医師になってほしいと考えています。医師という職業は、人とかかわる職業であり、それはたとえ研究医になったとしても変わりません。基礎医学の研究者でも、人を念頭に置いて研究を行っています。病に苦しむ人を助けたいという強い思いがあり、人とかかわることが好きだという人に医学部に来て欲しいと思います。時間があれば、子供たちの世話や遊び相手、高齢者の介護、見守り、話し相手、援助が必要な方へのボランティアなどに参加してみることをお薦めします。自分が医師に向いているかどうかわかります。
関連リンク 近畿大学ホームページ
現職
近畿大学医学部長
近畿大学医学部公衆衛生学教授
学歴
1974年 大阪府立茨木高等学校卒業
1980年 奈良県立医科大学卒業 医師免許
1984年 奈良県立医科大学大学院修了 医学博士
職歴
1986年 大阪医科大学衛生学公衆衛生学教室助手
1987年 福井医科大学環境保健学助手
1991-2年 フィンランド国立労働衛生研究所客員研究員
1993年 福井医科大学環境保健学講師
1996年 同助教授
1997年4月 近畿大学医学部公衆衛生学教授
2014年10月 近畿大学医学部長
専門
疫学、公衆衛生学、産業保健学
所属学会
日本骨粗鬆症学会理事、日本衛生学会理事、日本公衆衛生学会評議員
日本骨代謝学会、国際疫学会、米国骨代謝学会、欧州硬組織学会など会員
資格
医師、日本産業衛生学会指導医、日本公衆衛生学会認定専門家
賞罰
2000年 日本骨粗鬆症学会賞
2000年 日本公衆衛生学会優秀ポスター発賞
2000、2002、2004、2005、2007、2008、2010、2011、2013、2014、2015年度 近畿大学医学会賞
2004年 日本医師会研究助成受賞
2009年 日本骨粗鬆症学会高評価演題選定
2010年 日本骨代謝学会学術賞
2011年 日本骨粗鬆症会森井賞(筆頭著者玉置淳子)
2015年 日本骨粗鬆症会森井賞(筆頭著者伊木雅之)
著書
「骨粗鬆症の予防と治療ガイドライン2015年版」(分担)(ライフサイエンス出版)
「地域保健におけるエビデンスに基づく骨折・骨粗鬆症予防ガイドライン」(編著)(日本公衆衛生協会)
「地域保健活動のための疫学」(分担)(日本公衆衛生協会)
「骨粗鬆症診療ハンドブック」(分担)(医薬ジャーナル社)
「産業医学実践講座」(分担)(南江堂)