自治医科大学学長 永井良三先生
Q1.自治医科大学の特徴についてお聞かせください。
自治医科大学は地域に根ざした人材の育成を目的に設立されました。本学では、足を地域に着けた上で、世界に羽ばたける人材を育てたいと考えています。入学にあたっては郷土への愛着の強い学生を求めています。卒業して九年間は都道府県職員(医師)になることが最大の特徴です。現在、国立大学でも地域枠で地域医療の人材を育てていますが、自治医科大学を卒業した学生とではカバーしている地域が異なっていますので、いまも自治医科大学は大変大きな役割を果たしています。
医療は多面性・多文化性の学術です。偏差値は受験には重要な指標であることは理解していますが、学生の多面的な能力を全て評価することはできません。私どもは学生のもつ幅広い能力を評価して、すべての都道府県から隔たりなく学生を合格させています。入学した学生の99%以上は医師として送り出しています。留年率も大変低いのですが、これは教職員の熱心な指導のおかげです。また規則正しい生活を送ることで勉強量の多い医学部での環境に適応させています。医学部入学後、学生への丁寧な指導を怠れば、医学部での学習に十分に適応できない可能性があるからです。
Q2.医学部の学生への教育に関して先生のお考えをお聞かせください。
医学は患者さんによく生きてもらうための学術です。まず何よりも「患者と共に生きる」という思いやりや、病気で困っている方に共感する能力を伸ばすことが医学部教育の基本です。その上で、時代の変化に適応するための幅広い教養が重要です。医学部は理系の学部と考えられていますが、実際には理系と文系の両方の要素をもっています。例えば患者と正しく向き合い、コミュニケーションをとるためには社会的な価値観や倫理観をもって行動する必要があります。さらに患者一人ひとりの価値観や感情に寄り添うことは臨床医学の基本です。
また、検査や治療、データの読み方の基本を理解するには、数学や物理、化学の知識が欠かせません。さらに法律や経済などの社会科学的な知識も、効率的な資源の配分や医療経済の問題、社会福祉や医療費の問題を考える際に必要です。
学生の多くは、数学や物理や歴史などを入試のためにやむを得ず勉強しているようですが、これらの基礎知識は入試のためだけにあるのではありません。将来、間違った情報に騙されずに自分で考えるときに役に立ちます。さらに自分の意見を文字や言葉で表現できる能力を育てることは、医学生に限らずすべての社会人に求められることです。
これからは人口減少が加速します。そのため社会保障費の負担が大きくなり、追い討ちをかけるように医療費は高騰します。最先端医療が発達するにつれて、病気を治すための高額な費用負担も予想されます。そうなるとますます医療の効果を検証したり、検証のためのデータを集めたりといったことが重要になります。また、人工知能やビックデータが注目されていますが、データを一部の人が独占してしまえば社会は誤った方向に動きます。こういったことが起こらないためにも、自らデータに関心を払うとともに、データに惑わされないように総合的に考えることのできる医学生を育てる必要があります。
Q3.先生ご自身のことについて教えてください。
私は開成高校で学びました。下町の学校で、汽車から吐き出される煙や煤が窓からよく入っていました。東大の医学部に進学しましたが、進学に際しては医学の幅広さを魅力に感じました。子供の頃から読書が好きでしたが、学生時代に読んだ本を最近読み返してみると、新しい発見があって面白いものです。勉強の姿勢は父や叔父の姿に影響を受けています。とくに叔父は大正時代にアメリカに渡り、現地の学校で働きながら学び、日本に残った一家の生活と弟たちの学資を支えていました。何があっても良いように若いうちに勉強しておくように、いつも父から言われていましたが、昔の人の話を聞くと学ぶことに大変貪欲だったことに驚かされます。
私たちが育った戦後の時代は今よりもはるかに貧しかったのですが、活気がありました。若者には青空のように可能性が広がっていたように思います。また新しいことを求める機運がありました。今は社会が成熟し、人口も減少しはじめています。経済も停滞しており若者には閉塞感があるかもしれませんが、常に新しい道は開けています。
Q4.これから医学部を目指す方へのメッセージをお願い致します。
自分の頭でしっかりと考えられることが大切です。医学で学ぶ範囲は広く、内容も多彩です。正解のない問題にも取り組まなければなりませんので、色々な情報に惑わされずに自分の考えを述べられるように勉強して下さい。医師になるのに無駄な勉強はありません。理想を追求するだけでなく、現実の世界にも目を向けることも大切です。そうした姿勢で勉強を継続していれば、少しずつ色々なことができるようになるでしょう。若い時に目先の損得を考えてもその通りにはなりません。足元に目を向けて地道に努力してください。
関連リンク 自治医科大学ホームページ
略歴
昭和43年3月 開成高校 卒業
昭和49年9月 東京大学医学部医学科 卒業
昭和50年1月~51年12月 東京大学医学部附属病院 内科研修医
昭和52年1月~52年7月 東京女子医科大学附属心臓血圧研究所 研修生
昭和52年8月~58年6月 東京大学医学部附属病院 第三内科 医員
昭和58年7月~62年12月 米国 バーモント大学留学
The University of Vermont、Department of Physiology & Biophysics
Visiting Assistant Professor
昭和63年7月~平成3年4月 東京大学医学部附属病院 検査部 講師
平成3年4月~5年3月 東京大学医学部附属病院 第三内科 講師
平成5年4月~7年3月 東京大学医学部附属病院 第三内科 助教授
平成7年4月~11年10月 群馬大学医学部 第二内科 教授
平成11年5月~24年3月 東京大学大学院医学系研究科内科専攻 循環器内科 教授
平成15年4月~19年3月 東京大学医学部附属病院 病院長
平成21年7月~24年3月 東京大学トランスレーショナルリサーチセンター機構長
平成24年4月~ 自治医科大学 学長
東京大学 名誉教授
受賞暦
昭和57年3月 日本心臓財団 佐藤賞
平成10年11月 日本ベーリンガーインゲルハイム ベルツ賞(二等賞)
平成12年10月 持田記念医学薬学新興財団 学術賞
平成14年7月 日本動脈硬化学会 学会賞
平成21年5月 紫綬褒章
平成22年3月 日本心血管内分泌代謝学会 高峰譲吉賞受賞
平成24年8月 European Society of Cardiology Gold Medal 受賞
平成25年10月 岡本国際賞