慶應義塾大学医学研究科委員長 岡野栄之先生
Q1.慶応義塾大学医学部の教育に関して特色を教えていただけますか。
大きな特色の一つにプロフェッショナル教育があります。この教育の一番の特徴は解剖学実習の充実です。国際認証に対応したカリキュラムに変更する過程で、多くの大学が解剖学の実習にかける時間を減らしています。しかし、解剖学を学ぶことで得られる知識は、臨床医になってから大切になります。時間をかけて実習を行えるカリキュラムにしています。
また、医学部と薬学部の合同授業も行われています。将来、チーム医療を行う際の大切なパートナーとなる薬剤師とのコミュニケーションをスムーズに取れるような授業を行っています。医師の目と薬剤師の目から患者のモデルケースに関して状況を判断し、その後議論させることで双方に多角的な視点から状況を判断する能力を養わせています。
研究医の養成にも力を入れています。本学の学生は皆、知的好奇心が旺盛で、モチベーションも高いですから、教養の一年生の段階から研究室で研究を見学したり、研究を実際に行ったりする学生も少なくありません。自主的に学習する積極性は多くの学生が持っています。ITの知識やビッグデータを処理する方法が今後、臨床・研究の両面において必要になるという認識から、数学の本を自分で読んで学習している学生もいます。
勉強だけというイメージを持たれがちですが、部活動もとても盛んで、文武両道の校風が根付いています。
近年は国際化の時代です。多くの大学が国際認証に対応したカリキュラムを整備しています。国際化の波に抗うことはできませんが、アメリカの医学部のカリキュラムを念頭に置きながら、本学独自の特徴、日本独自のやり方を模索していきます。
今後は国家試験も難化傾向にあることや、正しい医療行為を行うために法律や経営学の知識も必要なこと、自分の研究成果を特許化する技術も必要なことを考えると、文系的な知識を学習することを取り入れた新しいカリキュラムを整備したいと考えています。
Q2.貴学は医師国家試験において高い合格率を誇っていますが、何か特別な対策等していればお聞かせください。
学生への教育支援として、教育統括センターが中心となって必要なアドバイスは随時行っていますが、国家試験への特別な対応は行っていません。学生が自主的に勉強し、合格してくれることを期待しています。自習室を午後11時まで開放するなどのサポートは行っていますが、さらなる対応はこれからも検討していく予定です。医者になるのですから、受験期以上の勉強はしてもらわなければなりません。しかし、学生へのメンタル面へのサポートは不可欠です。対応は、担任制や学習指導主任制度などを通じて行っています。学生に快適な学習環境を提供できるように様々なサポートを講じています。
Q3.先生ご自身のことについてお聞かせください。
高校から慶應義塾に通学していました。バレー部に所属しており、キャプテンも務めました。通学には片道一時間半かかりましたから、勉強との両立は簡単ではありませんでしたが、当時は理科や英語の勉強をすることは好きでしたし、通信教育なども利用して学習していました。大学では、物理学を専攻したいと思っていましたが、慶應義塾大学工学部(当時)に物理学を専攻する学科がないことを知って愕然としました。京都大学で物理を専攻することも考えましたが、慶応大学医学部の説明会に参加したことをきっかけに医学部への内部進学を決めました。説明会に参加する前は医学部に進学すれば臨床医になるしか道はないと思っていましたが、説明会を聞いて研究医の道に興味を持ちました。三年生になってからは医学部への内部進学を獲得するために必死で勉強しました。当時は有名な物理学者の多くが生命科学に興味を持っていた時代でしたので、医学部に入学した後も物理学と医学の二つを学びました。人生のターニングポイントは分子生物学に出会ったことです。分子生物学を専攻してからはガンの遺伝子に関する研究を行いましたが、なかなか成果を上げることはできませんでした。MITのチームに先を越されてしまい、研究の続行を諦めかけた時、神経学への分子生物学の応用はまだあまり行われていないことに気づきました。それからは神経の分野に移って研究を続けました。研究の環境は昔よりも向上し、医学研究を志す学生にとって、研究は進めやすくなったと言えるでしょう。どうやって研究するかよりも、何を研究するかに焦点を当てて考えることが大切なのではないでしょうか。
Q4.医学部を目指す学生と保護者の皆さんにメッセージをお願いいたします。
慶應義塾大学医学部は内部進学者と受験で合格した学生との絶妙なバランスで成立しています。この多様性こそが本学の強みなのです。積極性と知的好奇心に満ちた、個性あふれるみなさんの入学を心から歓迎します。入学後は臨床・研究のどちらにも力を発揮できる優れた医師を目指して、日々努力してほしいと願っています。
保護者の皆さんは、受験に際し心配なことや不安なことも多々あるかと思いますが、結果に一喜一憂することなく、お子さんを見守ってあげてください。
関連リンク 慶應義塾大学ホームページ
略歴
昭和49 (1974)年3月 東京都世田谷区立山崎中学校卒業
昭和52 (1977)年3月 慶應義塾志木高等学校卒業
昭和52 (1977)年4月 慶應義塾大学医学部入学
昭和58 (1983)年3月 慶應義塾大学医学部卒業
昭和58 (1983)年4月 慶應義塾大学医学部生理学教室(塚田裕三教授)助手
昭和60 (1985)年8月 大阪大学蛋白質研究所(御子柴克彦教授)助手
平成元 (1989)年 10月 米国ジョンス・ホプキンス大学医学部生物化学教室研究員
平成 4 (1992)年4月 東京大学医科学研究所化学研究部(御子柴克彦教授)助手
平成 6 (1994)年9月 筑波大学基礎医学系分子神経生物学教授
平成 9 (1997)年4月 大阪大学医学部神経機能解剖学研究部教授
(平成11(1999)年4月より大学院重点化に伴い大阪大学大学院医学系研究科教授)
平成13 (2001)年 4月 慶應義塾大学医学部生理学教室教授?現在に至る
平成15(2003)年より21世紀COEプログラム
「幹細胞医学と免疫学の基礎-臨床一体型拠点」拠点リーダー
平成19(2007)年10月 慶應義塾大学大学院医学研究科委員長
平成20(2008)年7月 グローバルCOEプログラム「幹細胞医学のための教育研究拠点」
(医学系、慶應義塾大学)拠点リーダー
平成20(2008)年 オーストラリア・Queensland大学客員教授?現在に至る
平成22(2010)年3月 内閣府・最先端研究開発支援プログラム(FIRSTプログラム)
「心を生み出す神経基盤の遺伝学的解析の戦略的展開」・中心研究者 (?平成26年3月まで)
平成25(2013)年4月 JST・再生医療実現拠点ネットワークプログラム(拠点A)
「iPS細胞由来神経前駆細胞を用いた脊髄損傷・脳梗塞の再生医療」・拠点長
平成26(2014)年6月 文部科学省・革新的技術による脳機能ネットワーク全容解明プロジェクト(中核機関・理化学研究所)・代表研究者
平成27(2015)年4月~平成29(2017)年 慶應義塾大学医学部長
平成29(2017)年10月~ 慶應義塾大学医学研究科委員長~現在に至る
主たる研究領域
分子神経生物学、発生生物学、再生医学
受賞歴
昭和63 (1988)年 慶應義塾大学医学部同窓会・三四会より三四会賞受賞
平成7 (1995)年 加藤淑裕記念事業団より加藤淑裕賞受賞
平成10 (1998)年 慶應義塾大学医学部より、北里賞受賞
平成13 (2001)年 ブレインサイエンス振興財団より、塚原仲晃賞受賞
平成16 (2004)年 東京テクノフォーラム21より、ゴールドメダル賞受賞
平成16(2004)年 日本医師会より、日本医師会医学賞受賞
平成16(2004)年 イタリアCatania大学より、Distinguished Scientists Award受賞
平成18(2006)年 文部科学省より「幹細胞システムに基づく中枢神経系の発生・再生研究」文部科学大臣表彰(科学技術賞)
平成19(2007)年 STEM CELLS(AlphaMed Press)より、STEM CELLS Lead Reviewer Award受賞
平成20(2008)年 井上科学振興財団より井上学術賞
平成21(2009)年 紫綬褒章受章「神経科学」
平成23(2011)年 日本再生医療学会よりJohnson & Johnson Innovation Award受賞
平成25(2013)年 Stem Cell Innovator Award受賞
(GeneExpression Systems & Apasani Research Conference USAより)
平成26(2014)年 第51回ベルツ賞(1等賞)受賞
平成28(2016)年 Molecular Brain Award受賞
資格・学位
昭和58 (1983)年 7月 医師免許(昭和58年5月医師国家試験合格)
昭和63 (1988)年 7月 慶應義塾大学より医学博士
学術誌編集
Inflammation and Regeneration, Editor-in-Chief
Development of Growth Differentiation, Editor
The Keio Journal of Medicine, Editor (2001~2011)
Cell & Tissue Research, Section Editor
Neuroscience Research, Receiving Editor
J. Neuroscience Research, Associate Editor
Genes to Cells, Associate Editor
International Journal of Developmental Neuroscience, Associate Editor
Stem Cells, Editorial Board
Developmental Neuroscience, Editorial Board
Differentiation, Editorial Board