千葉大学医学部医学部長・副学長 中山俊憲先生
Q1.千葉大学医学部の特徴についてお聞かせ下さい。
千葉大学の医学部は140年の歴史を持った伝統ある医学部です。近隣の国立大学と同様に研究に力を入れている一方で、千葉大学医学部は確かな学力を持った信頼できる臨床医を多く輩出してきました。今後は治療学という言葉をテーマに、この伝統を維持し、ますます発展させていきたいと考えています。
治療学という言葉には様々な考え方がありますが、診断学と治療学に分けて説明すれば、診断学はMRIやCTを用いた画像診断等を行う学問です。これは、医療機器などが工学的に進歩するにつれて学問としても発展するものであるといえるでしょう。反対に、治療学は、患者目線で医療を行い、患者のQOLを高めることを目的としています。同じ病名であったとしても、人それぞれ症状は異なりますし、どのように治療することが最善なのかは一人ひとり異なります。様々な社会的背景を持った患者を同じように治療することはできないので、学問として体系づけたり、確立したりすることは難しい領域です。
しかし、千葉大学では、この治療学の立場に立って、研究と臨床が手を携えて教育を行う方針を打ち出しています。基礎研究に関しては、現場とかけ離れたような研究というよりは、臨床への応用が見込めるような研究に力を入れています。臨床に関しても、研究と全く分離してしまうのではなく、最先端の研究を臨床に取り入れたものを学生に提供することを念頭に置いています。治療学という言葉をキーワードにして、臨床と研究をどちらも理解しているレベルの高い医師の養成を目指し、教育活動を行っています。
Q2.千葉大学医学部の教育の特色についてお聞かせ下さい。
医学部があるキャンパスには、看護学部や薬学部の学生も在籍しています。今後の日本では、病院で医師の診療を受ける今のスタイルから、患者の自宅へ医師や看護師が往診に行き、医療を提供するスタイルへと変化することが予想されます。その際に重要になるのがチーム医療の精神です。医・看・薬の三学部が同じキャンパスで授業を受けることで、この精神が育まれることを期待しています。また、本学の看護学部は全国でも屈指のレベルにあり、今後の看護学の研究者を輩出する役割も担っています。将来のチーム医療においても重要である、医師と看護師の連携を早い段階から意識させるためにも、看護学部の学生との共同授業を行っています。更に、大学の医学部ですので、治らない病気を諦めるのではなく治すことを目指した研究や、今の段階では治らない病気の患者に対して負担を減らす方法などの学習も行っています。
カリキュラムに関しては、分野別専門認証への対応等もあり、年々医学部生が学ぶべきことは増加傾向にあります。しかし、患者の立場に立った医療を行い信頼を得るためには、教養を身につけることは大変重要です。従って、一年生の間は教養の授業が中心です。学生の中には大学生になって生活のリズムや環境の変化にうまく対応できず、留年してしまう人もいますが、学生一人ひとりに対して様々なフォローを行っておりますので、国家試験に関しては高い合格率を維持することが出来ています。国家試験のために、特別にカリキュラムを組むようなことはありませんが、学生のモチベーションさえ維持できれば合格は難しくないように見受けられます。但し、ケガや病気などの様々な問題を抱えてしまい、授業についていけない学生に対しては、専門の先生からフォローを行っています。
本学のカリキュラムの特徴は、現代の変化の激しい環境に対応するための授業を行っていることです。例えば、遺伝子を用いた血液検査による診断などが話題となっていますが、そのような医療行為に対する対応や問題点について考える授業を行っています。社会では技術が進歩するにつれて様々な問題が新たに表面化してきます。正しい倫理観をもって医療にあたるための議論を行うことは不可欠ではないでしょうか。更に、医師は予測不能の事態が発生した際にも冷静に対処することが必要ですので、地震や津波などの災害発生時の状況を想定した授業を行っています。また、勤務する病院の経営状態の悪化によって、最善の医療を行うことができない場合の対処法を考える授業も行っています。予測不能の事態が発生した際にリーダーシップを発揮できる医師の育成を目指しています。
Q3.先生ご自身のことについてお聞かせ下さい。
私は岡山県生まれです。小さい頃から研究者になりたいと思っていましたが、高校生になっても進路の方向性は明確に決まらず、生物学の研究がしたいという思いのみがありました。進路を決定する際は、学校の先生や、高校教師をしていた両親のアドバイスを受けて山口大学の医学部に進学しました。田舎でしたので、受験勉強は高校の勉強をしたのみで、予備校などには通いませんでした。しかし岡山県は伝統的に勉強熱心な土地柄で、高校の先生に8時間目まで補講授業をしていただいたことは今でも覚えています。受験勉強に専念することから得られるものは多いのではないかと思います。受験勉強を集中して行い、良い結果が出れば自分に自信を持つことが出来ますし、大学に入ってから勉強が辛くなった時でも、受験のことを思い出して乗り越えることが出来るように思います。受験勉強を頑張ることによって、将来役に立つことは意外に多いと考えます。
医学部を卒業後、研究がしたいという夢を追って大学院に進学しました。大学院では免疫の研究を行いましたが、その時の師匠は医学研究以外にも能力を発揮し、文才を活かして日本の伝統芸術である能のシナリオを描くことが出来る人でした。私は大変感銘を受け、医学研究以外のことについても教えを受ける機会に恵まれました。その後は留学も経験し、文化の異なる人々との交流や、とてもかわないと思わせられるような天才との出会いなど、多くの刺激を受けることが出来ました。
研究はいつも成功するものではなく、驚きや論文にするような発見は10回の実験のうち1回くらいしかありません。しかし、その1回の体験はとても素晴らしいので、研究者は皆、この発見の喜びを追い求めています。自分の好きな事、趣味が仕事になっているようなものですから、長い時間仕事をしていても辛いとはあまり思わず、一日中研究室にこもっていることもあります。
医療は失敗しても次につながる有意義なものなので、あまり向き、不向きといったものはありませんが、研究にはやはり向き、不向きがあります。後進の指導に関しては学生が進路選択において安定した方を選択してしまう気持ちは理解できますが、私たちが研究の楽しさをもっと伝えていかなければならないと感じています。また、千葉大学医学部の卒業生にはたとえ臨床の道に進んだとしても、一度は何らかの形で研究に携わってほしいと考えています。学生全員にその素質はあると思いますし、治すことが出来ない病気を治すためにも、是非とも研究に触れてみてほしいと願っています。
Q4.医学部を目指す受験生にメッセージをお願い致します。
ただ単にお金が儲かるという発想で医師になるのは危険です。現代、医師としてお金を儲けるためには経営学的なノウハウが以前よりも必要になりますし、病院経営で儲かるくらいなら普通の会社を経営しても儲かります。そこに医師であるメリットは少ないと言っていいでしょう。医師になれば確かに安定はしているかもしれませんが、仕事は体力勝負という側面もあります。お金が沢山手に入るというのは昔の感覚です。それだけは注意した方が良いと思います。
患者のために、という意識を最後まで持ち続けることが出来れば、良い医師にはなれると思います。他にやりたいことがある人はそちらの道に進んだ方が良いかもしれませんが、医師兼作家という人もいますし、WHOなどの国際機関に所属すれば医師でありながら世界を舞台に活躍することも可能です。また、病院で診察を行うことだけが医師の仕事ではありません。企業に入って医薬品や医療機器の開発に取り組んでいる医師も大勢います。生物学の研究者になりたいと考えている人にとっても、医学部は最も充実した環境です。学生一人当たりに対する教員の数は他の学部よりも多く、最も体系的に生物学について勉強できる学部は日本でも海外でも医学部だと言われています。皆さんはまだ若いので、もし向いていなければ他の道を選び直すことだってできるのです。医学部をいろいろな側面から見て進路を選択してほしいと考えています。
関連リンク 千葉大学ホームページ
略歴
昭和59年 山口大学医学部卒業
昭和63年 東京大学大学院医学系研究科修了
昭和63年 米国国立癌研究所客員研究員
平成 3年 東京大学医学部免疫学教室 助手
平成 7年 東京理科大学生命科学研究所 助教授
平成10年 千葉大学大学院医学研究院 助教授
平成13年 同 教授
平成28年現在 千葉大学大学院医学研究院長・医学部長
千葉大学未来医療教育研究機構長併任
千葉大学副学長
受賞
第3回日本免疫学会賞(2000)
第14回アボットジャパン・アレルギー学術奨励賞(2004)
学会役員
日本免疫学会理事
日本がん免疫学会理事
日本バイオイメージング学会理事
日本癌学会評議員
日本アレルギー学会代議員